2013年11月25日 『リボルバーを胸にウォークマンを片手に』 第三回

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いつのまにか宝町まで来ていた。一駅分、歩いてしまったのだ。まったく疲れを感じない。それどころかますますどこかへ行きたい気分だ。家には帰りたくない。この気分は、世界中を独り占めしちまったような気分はとても誰かと共有できるものではない。

 それはちょうど自分の心の中に突然、ダイヤモンドの鉱脈を掘り当てたようなものだ。この気持ちは他人に言ったって誰もわかってくれないだろう。馬鹿にされるだけだ。

 

 街角のテレビではレボルバーを盗んだ犯人のニュースをやっていた。犯人は30代のタクシードライバーらしい。

 なんて可哀相なやつなんだと正晴は思う。マーク・チャップマンもこんな気分だったのかなあ。俺は間違ってもそんな馬鹿なことはしない。俺が犯罪を死ぬ覚悟で起こすなら俺はもっとスマートで賢いことをするのにな。

 

 曲が終わってDJが犯人に訴える。『あなたがなぜ、拳銃を盗んだかは知りません。でも、今日はホーリーナイトなのです。変な気だけは起こさないでください。それより何かリクエストしませんか。あなたの好きな曲をなんでもかけましょう。それで気が済むのなら・・・』

 

 俺は黒いブーツを履いた、若い女の子とすれちがう。

 ふと、美加のことを思い出す。彼女は今日は友達と表参道に行くだなんて言っていた。シルクの国からやって来た二十歳の少女。眩しすぎるくらいにすらりとした脚に黒のブーツを履き、水色のコートに華奢な体を包んだ彼女。

 美加も4回目のデートを最後にどこかへ消えてしまうのだろうか。そう思うと正晴は息が苦しくなり自分をコントロールできなくなる。

 パーティーで出会い、次の週に二人で銀座をデートした。何人もの男が振り返る。そんなことを気にも止めないでハミングしながら歩く美加。君は美しすぎる。なんで僕なんかに電話番号を教えたのさ。

 俺は美加の声が聞きたくなる。無性に。我慢できないほど激しく。俺は電話ボックスに駆け込む。

 正晴は美加のアパートの電話番号を叩く。やがて留守番電話が出る。正晴はテープに向かってしゃべる。「明日、クリスマスプレゼントを届けに行っていいかな。プレゼントしたい曲があるんだ。『尾崎豊のMARRIEGE』っていうんだけどね。じゃ、明日。おやすみ」

 

 受話器を置いた正晴にふと素敵なアイディアが浮かぶ。さっきのDJに電話するのだ。そして言う。「僕があのレボルバーを盗んだ犯人です。リクエストは宮原学の『4ラウンドボーイ』美加さんにメリークリスマスとメッセージを添えてください。」と。

 馬鹿な、と正晴はそんな思いを否定する。そんなことをしたらすぐに捕まってしまうことくらい正晴は百も承知だ。

 だが、結局、誘惑に勝てず正晴は電話ボックスに入る。やっぱり電話してみよう。でもあくまで一リスナーとして。テレホンカードを取り出そうとして胸のポケットに手を入れた正晴は自分がとんでもないものを持っていることに気付く。すっかり忘れていたが彼のむねポッケの中には60口径のレボルバーが入っていたのだ。まさか、これ、あの犯人が置き忘れたやつじゃないよな。正晴は震える手でそいつの銃口を握る。

 

 FM横浜のリクエストテレホンナンバーを叩く。しばらくして女の子がでる。

「リクエストしたいんですけど」「お名前は」「府中のピーターラビットです。

」正晴はでまかせを言う。」「リクエストをどうぞ。」「宮原学の『ジャスト・マイ・ベイビー』お願いします。」「分かりました。」「かけてくれますか」「はい、きっと、だからずっと聞いていてくださいね。」

 

 リクエストなんてしたこと、実はいままで一回もなかった。だから掛かるなんて思わなかった。2,3分してDJが「次のDJは古内東子さんです。みんなハッピークリスマスを」と言ったとき、ああやっぱりと思った。リクエストなんてかかることないのだ。葉書全部読んでますよなんて大嘘なんだ。それは一方通行のラブレター。

 

 だから古内東子が「みんな、どんなクリスマスを過ごしてますか。独りぼっちの人もいると思います。でもそんな人は私と過ごしませんか。そんな人達に送ります。リクエストは府中のピーターラビットさんです、宮原学の『ジャスト・マイ・ベイビー』と言った時、正晴はびっくりしてしまった。

 激しいギターリフと同時に正晴はあっけにとられる。俺は別にレボルバーの犯人じゃないのに。なんでリクエストに答えるんだよー。

 曲が終り、古内東子が耳元で囁く。「一人でいるあなたも来年のクリスマスはなんて言い方、私は好きじゃありません。一人でいる自分、今の自分を肯定できないでなんで来年のことなんて言えるのでしょう。次の曲は私からそんなあなたにプレゼントです。古内東子で『逢いたいから』」

 ギターの繊細な音からもう正晴が何度となく聴いて空で覚えてしまっている『逢いたいから』が流れてきた。そうだ、なんで君はそんなに僕のことを分かっているのさ。一度も僕に会ったことさへ無いのに。涙が流れてきた。こんな人がそばにいてくれたらと思った。もう一度電話を掛けようかと思う。だけどDJとは話せないのは分かっていた。

 

 東子は続ける。「こんな曲でプロポーズされたらその女の子は幸せでしょうね。次はこの曲。尾崎豊で『MARRIEGE』

 確かに正晴が美加に生ギターで聴かせようと思っていた曲がFMから流れ出す。正晴は嬉しかったがすぐに不安になる。なんでこうも立て続けに俺のリクエストが掛かるのだ。大体、この曲はリクエストさへしていない。さっき、頭の中で思っただけじゃないか、いや違う、あっ、そうだ。さっき美加の留守番電話に吹き込んだっけ。でもまさかその内容を古内東子がテレパシーでキャッチするっていうのもロマンチックでいいけど確率的にゼロに近いよな。ということは、・・・・・正晴は自分の感じた第六感による結論に身震いした。

 

   !!! 『俺は、そして美加も監視されているのだ』 !!!