2013年11月26日 『リボルバーを胸にウォークマンを片手に』 第五回

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俺は悲しかった。涙が止まらなかった。こんなことなら話しかけなければ良かった。一生、会わないで美しい思い出として胸にしまっておきたかった。いさ子が俺をはめようとした。それも色仕掛けで。何てこった。だれに頼まれたのだ。なぜ、彼女は断らなかったのか。答えは簡単だ。俺に何も感じていないからだ。 俺は悲しみに負けないように全速力で走った。二度と会うもんかと思った。この俺の美しい思い出を汚れたものにした場所から立ち去りたかった。一人になりたかった。そして、

 俺は訳も分からず胸からリボルバーを取り出すと空にめがけて引き金を引いた。バーン、すごい衝撃を腕に感じる。銃声が真っ暗なオフィスビル群にこだました。やっぱり、と俺は思う。犯人が見付かったなんて言うのは嘘だったんだ。やつらは俺にリボルバーを握らせて、殺人犯に仕立て上げたかったんだ。そしてもし、俺があそこで睡眠薬に気付かずに眠っていたらきっと俺は今頃、パクられていただろう。いさ子を殺したというデマと共に。

 

 美加に電話したかった。だけど本当に愛している彼女をもうこれ以上、汚したくなかった。美加もいさ子と同じ立場だったら俺をはめただろうか。

 俺が本当の愛を手にいれるためにはただ一つ、やつらより大きな存在になるしかない。

 また、ウォークマンのスイッチを入れる。ザーッ、ザーッ、ザーッ、どこを回しても雑音しか入らない。どうしたんだろう。おかしいな。

 何も信用できないのだ。俺はたった一人、取り残されたように立ち尽くす。すべてが敵に見えた。そして俺はこの夜を最後の夜にしてしまおうかと考える。いつのまにかマーク・チャップマンをと同じ事を考えていた。

        『俺の一番好きな女と心中しよう』

 

  僕はルシアン・ルーレットでもやるようにウォークマンのボタンを押し続けた。気に入ったDJが出たら、そこへ電話して殺人予告をするのだ。俺はすっかりおもちゃのリボルバーを本物みたいに思うようになった。そして放送局へ乗り込み、引き金を引く。

 そんなことを考えていたら突然、ウォークマンの感度が回復した。大きすぎるボリュームに僕はびっくりしてあわててボリュームを絞る。「今夜のお相手は私に任せてね。ハーイ、ディス・イズ・イーデスフロムLA。御機嫌なロックンロールをお送りします。じゃあミスター・ビッグの・・・・」ちぇっ、DJがLAにいるんじゃな。僕はまたボタンを押す。カチャ・カチャ・カチャ、 まるで狙撃練習をしてるみたいだ。

 それにしてもFM横浜が入って、FM東京が入らないのはどうしてだろう。やつら、びびってんのかなあ。だれだ、臆病なDJは。かとうれいこか?大丈夫だって、心配すんなって、俺はおまえのことなんか大嫌いだからさ。殺したりしないってば。

 

 弾は一発しか入っていなくても、恐怖は一千万に大して効果があることに気付いて正晴は嬉しくなる。リボルバーを持っているというそれだけで俺は支配者になれる。

 ナックファイブが次にCQに応じる。「斎藤千夏です。今夜も2時間、あなたと気持ちを共有しましょう。」おっ、いいね千夏ちゃん。君はこんなこけおどしにびびるような女の子だとは思っていないよ。やっぱりそうだね。

 「リボルバーを盗んだ犯人はとても臆病で意気地無しだと思います。本当に伝えたいことがあるのならなぜ、言葉ではっきりと言わないのでしょうか。武器に頼る人間はみな、卑怯だと私は思います。」おうおうおう、のっけから言ってくれるじゃないか。その通りさ、千夏ちゃん。だけどさ、君にブルースマンの悲しい気持ちは分かりっこないのさ。君みたいに公共の電波でスター気分に浸っているやつにはね。

 そしてFM富士からは山川健一が話しかけてきた。「今、清里のロッジでストーンズ聴きながら原稿を書いてる。ブルースマンは悲しくても決して他人を傷つけたりはしない。ドアーズの   にしてもジミ・ヘンにしてもドラッグに溺れて自分を傷つけるけどみな、付き合っていた彼女の幸せを祈ってた。

 今日、彼女にふられちまった男の子に次の曲を送りたい。これはキース・リチャードがつきあっていた女の子に自らさよならをこめて贈った曲さ。聴いてくれ、『ワイルド・ホーシズ』おい、チャップマン気取ってる偽ロッカーさんよ。最後に銃で死ぬのはヘミングウェイとか小説家だけだぜ。ロックンローラーはそしてブルースマンは惨めな姿さらしてでも転がり続けていくんだ。」

 ばかやろう、そんなことは俺だって百も承知さ。ワイルドホーシズだってもう10年以上前、高校の頃に聴いてるよ。だけど小説家さんよ。あんたは俺のように全世界を敵に回したことがあるかい。

 俺の決心は堅いのさ。今夜、すべてが終わる。君達もね。この世の中に存在するものなんて何もない。すべては俺の網膜に写っている幻想なんだ。目にするもの、手にするもの、すべて良くできた3D映画のバーチャルリアリティーなのさ。俺の脳はきっと砂漠の中のドームにあってすべてを誰かがシュミレートしているんだ。だから『山川健一』なんて小説家は実在しない。それは幻想なのさ。そして俺はこのシュミレーションゲームにほとほと疲れたんだ。だからさよならなんだよ。

 

 彼等の幼稚な説教は俺の銃口を余計に熱くさせた。俺はステージに上がって熱唱しているエレファント・カシマシの宮本よりも熱かった。「自信をすべて失っても誰かがお前を待ってる、オウヤー」

 カシャカシャカシャ、山川健一も斎藤千夏も聴きたくない。俺の聴きたいのは、・・・・・・・

 10時からは中村さゆりの「クール・ダウン」です。FM東京のDJが叫んでいる。中村さゆり?それは俺を懐かしい気分にさせる。

 俺の本当の恋人はブラウン管の中にいた。

 中村さゆりは俺が大学時代から好きだったシンガーだった。何度か、コンサートにもいったことがある。写真集も、CDもちゃんと持っている。部屋には彼女のカレンダーが貼ってある。俺は立派なファンだろう。心中するには最高の女だ。

    俺はとりあえず、『殺人予告』をFM東京に入れることにする。