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2013年12月27日  「My Song」 第5回

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                             3.

 僕がはじめて彼女に会ったのは高校二年の冬だった。

 その頃、僕は名古屋に住んでいた。名古屋というとあまり良くないイメージを持っている人も少なくないようだけれど、実際に住んでみればそんなことがまるっきりの嘘であることがすぐにわかるはずだ。もっともそれは僕の住んでいた場所のせいかもしれなかった。東京で言えばそこはさしずめ原宿か代々木といったところだった。僕の家の裏には小さいながらもけっこう有名な神社があったし、そこを下って十分歩くと地下鉄の駅だってあった。そこから緩やかな坂を登って行くと大学のキャンパスを散策もできたし、そこに通う学生達のおかげで、その周辺にはレコード屋や古本屋など僕に必要なものはすべて揃っていた。そんな街に僕は中学2年の夏に住みつき、大学に入るまでを過ごした。

 中学まではテニス一本やりだった僕も、高校に入るとなぜかラグビーをはじめた。しかしこれは大きな間違いだった。怖がりやの僕にタックルなどできるはずもなく、それでも春、夏、秋となんとか続けてはみたのだが、タックルなしのラグビーなんてあるはずもなく、正月明けに僕は退部届を出しに行った。監督はとてもいい人でみな「大将」と呼んでいた。僕は何度、弱音を吐いて「大将」に引き留められたことだろう。でも今日は違った。もうなにがなんでも嫌だった。

 「俺だって大学時代はずっと辛かったよ」と大将は言った。

 「でも社会人になったら不思議とうまくプレーできるようになった」

 「でも僕はそんなに長くラグビーやろうとは思ってないんです。」と僕は言った。「他にやりたいことがあるんです」

 少しの間、沈黙があった。

 「お前が辞めると他の辞めたがってるやつらもみんな辞めるって言い出すからな。わかってるとは思うけどこれはお前だけの問題じゃないんだよ」でも、最後には大将の方が折れて僕はラグビー部を辞めた。それ以後、ラグビー部の連中と会うと彼らはとても嫌な顔をした。僕は裏切り者というわけだった。お前達だって辞めたきゃ辞めればいいんだ。と僕は思った。今でもラグビーを見るのは好きでテレビで試合も見るけど、辞めた途端に裏切り者のレッテルを貼るような奴らはスポーツマンじゃないと思う。

 

 部活をやめてしまうと放課後は割と暇だった。僕は学校が終わると、貸しレコード屋に行ってレコードを物色するのが日課となった。その店はキンキーハウスといって名古屋では一番枚数の揃っている店だった。フォーク、ロック、ジャズとあらゆる種類のレコードが揃っていた。たまにとても綺麗な女の子が店番をしていることもあった。ある日、僕が店に入ると客は僕一人で彼女も一人ということがあった。僕は緊張してしまって、でもなんとかして彼女と話をしようと思った。そこで僕は何気なく話しかけた。

 「今、かかってる曲、これってなんですか?」

 「あ、これ?ちょっと待っててください。あっ。トム・トム・クラブのダンス天国って書いてあるけど」

 何回か、そうやって会話を交わしているうち僕は本格的に彼女のことが好きになってしまった。

 季節はちょうど冬で、もうすぐバレンタインデーだった。僕は変に思われるかもしれないけど、これしかないと決めてバレンタインデーの日、彼女に「バンドのメンバーになってくれないだろうか」と書いたカードと自分の詩集をつけてチョコレートをプレゼントした。

 「えっ、私に?でもこれじゃ立場が逆じゃない?」そう言いながらも結局、彼女は僕のチョコレートを受け取ってくれた。

 数日後、返事が来た。

 「あなたの詩、とても気に入りました。バンドの件ですが、コーラスぐらいだったら下手だけどやれると思います」とのことだった。

 

 そういう訳で彼女は僕達のバンドのメンバーになった。

 彼女はとても不思議な雰囲気を持った人だった。

 それをうまく言い表すことは難しい。強いて言うなら「高貴」な雰囲気とでもいうのだろうか。そのくせどこか心の奥底で何かに怯えているようなところがあった。

 彼女はとても背が高くて美人だったので街を歩いていても誰かに声をかけられることがしばしばだった。

 けれど彼女は誰とも真剣に付き合うことがなかった。僕との関係もあくまでバンド仲間ということだった。

 バンドの練習が終わると自然に僕が彼女の家を訪ねて、いろいろなレコードを聴くのが習慣となった。