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2013年12月26日  「My Song」 第4回

昔書いた小説

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                               2.

  実は僕には密かに好きな人がいた。そして、彼女も東京のある大学に通っていたので僕と彼女は上京後もたまに会ったりしていた。彼女は美加さんと言って僕より一つ年上の大学生だった。

 その日、僕と彼女は井の頭公園を歩いていた。公園の池にはボートが浮かび、桜の花が池の上を舞っていた。とても平和な日曜日だ。

 公園の隅でおじさんがキャンディーやらポップコーンだのと一緒に色とりどりの風船を売っていた。

 「あの風船、買いましょうよ」と彼女が言った。

 「うん、いいね」

僕達は緑とオレンジの風船をそれぞれ1つずつ買うとそれを手に持って歩いた。

なんだかとても恥ずかしかったが仕方ない。彼女がそうしたいと言ったのだから。

 「ねえ、みんなが見てるよ。気にならない?」と僕は言った。

が、「いいじゃないの。誰が見てたって。私、こういうの好きよ」と彼女は一向に動じない。

 

 風船を持って歩くというのは気が引けたので僕は「すわらない?」と彼女に聞いてみた。今度は彼女は素直に応じてくれた。ベンチに座ると池がとてもきれいに見えた。でも、池でボートに乗っている人たちはきっと僕達のことを不思議そうに見ていたことだろう。

 しばらく、僕達は何も喋らず、春の空気にうっとりとしていた。先に口を開いたのは彼女の方だった。

 「今、私、思ったのだけれど、あの風船を全部買い占めて、それにあなたの詩集をつけて飛ばしたらさぞかし爽快でしょうね」なんだか今日の彼女はとても機嫌がいい。それに帽子とポシェットがとても服に似合っている。

 「ははは。ぜひ、やってみたいね」

 僕は100個の色とりどりの風船が、僕のメッセージを付けて、空高く舞い上がる風景を想像してみた。それは確かにとても刺激的で素晴らしいアイディアだった。

 「うん、それ、素晴らしいよ。今度、ぜひやってみよう」と僕はやや興奮ぎみに言った。

 すると彼女は「あら、それ、ほんの冗談よ」と言ったかと思うと「えいっ」という掛け声と共に持っていた風船を空に向けて放り投げてしまった。

 「あーあ、行っちゃった」とまるで他人事みたいに彼女が言う。

 「葬り去られた夢」とポツリと僕が言う。

 「いいえ。新たなる希望よ」

 「せめて破裂しないでどこかたどり着いて欲しいね」

 「そうよ、タンポポみたいに」

 タンポポ?と僕は思った。彼女は時折、とんでもない連想をする。

 「あなたのは飛ばさないの?」と彼女が尋ねた。

 「いいや、飛ばさない。あの子にあげるんだ。その方が確実に人の手に渡るからね」

 「夢がないのね」

 「そうかもしれない」

 

 「あなた、違和感って感じたことある?」と突然、彼女が言った。

 「違和感って、どんな風に?」

 「ある日突然、自分の属している場所が違うんじゃないかって思うのよ。私、最近。そういうのって変かしら」

 「ちっとも変じゃないよ。僕なんか中学の時から感じてるよ、そういう意味なら」

 「そう?でも私、変なの。授業中なんかでも、教室の中で座ってるじゃない。すると突然、私の席だけすっぽりと消えてしまいそうになるの。そして誰かがささやくのよ。君はここには合わないって。そういう声が聞こえるの」彼女はそこまで一気にしゃべるとフーッと深い溜息をついた。

 「そういうのって、わかる?」

 「誰でもときどき、そんな感じになることはあると思うよ」と僕は言った。

 「みんな自分が少しずつずれているのをうすうす感じていて、それでイライラするんだ」 「それとはまた違うの」と彼女は言ったが、それ以上は何も言わなかった。

 

 それから僕と美加さんは駅へ行く途中のこじんまりとしたレストランで遅い昼食を食べた。

 「また会えるかな」と別れ際に僕は聞いた。

 「いいわよ。でも来週はだめね」

 「じゃ、再来週は?」

 「土曜日ならいいわ。前の日に電話ちょうだい」

 「かしこまりました」と僕は言って彼女に敬礼のポーズをとった。