2013年11月11日   書き換えによる習作6日目

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芥川龍之介のオリジナル

 

六 病

 

 彼は絶え間ない潮風の中に大きい英吉利イギリス語の辞書をひろげ、指先に言葉を探してゐた。

 Talaria 翼の生えた靴、或はサンダアル。

 Tale 話。

 Talipot 東印度に産する椰子やし。幹は五十呎フイートより百呎の高さに至り、葉は傘、扇、帽等に用ひらる。七十年に一度花を開く。……

 彼の想像ははつきりとこの椰子の花を描き出した。すると彼は喉のどもとに今までに知らない痒かゆさを感じ、思はず辞書の上へ啖たんを落した。啖を?――しかしそれは啖ではなかつた。彼は短い命を思ひ、もう一度この椰子の花を想像した。この遠い海の向うに高だかと聳そびえてゐる椰子の花を。

 

書き換えたのがこちら

 

     6. 病

 

 彼は波打際で大きな物理学辞典を広げ、細い指先で元素周期表を辿って行った。

 原子番号47番 Ag 銀

 原子番号79番 Au 金

 原子番号94番 Pu プルトニウム

 プルトニウムは金属状態では銀白色であるが、酸化された状態では黄褐色となる。金属プルトニウムは温度が上がると収縮する。また、低対称性構造を有するので、時間経過と共に次第にもろくなる。

α粒子の放出による熱のため、ある程度の量のプルトニウムは体温より暖かい。大きい量では水を沸騰させることもできる。主に核兵器の原料や、プルサーマル発電におけるMOX燃料として使用される。人工衛星の電源として原子力電池として使用されたこともある。

 彼の想像ははっきりとこのプルトニウムの塊を描き出した。すると彼は喉元に異様な熱さを感じ、同時に何かがつかえるような息苦しさを覚えた。彼はやがて赤い痰を吐き出した。彼は短い命を思い、もう一度半減期2万4000年のプルトニウムを想像した。核兵器や原子力発電所人工衛星の中で静かにゆっくりと熱するプルトニウムを。