2013年11月10日 書き換えによる習作5日目
芥川龍之介のオリジナル
五 我
彼は彼の先輩と一しよに或カツフエの卓子テエブルに向ひ、絶えず巻煙草をふかしてゐた。彼は余り口をきかなかつた。が、彼の先輩の言葉には熱心に耳を傾けてゐた。
「けふは半日自動車に乗つてゐた。」
「何か用があつたのですか?」
彼の先輩は頬杖ほほづゑをしたまま、極めて無造作に返事をした。
「何、唯乗つてゐたかつたから。」
その言葉は彼の知らない世界へ、――神々に近い「我が」の世界へ彼自身を解放した。彼は何か痛みを感じた。が、同時に又歓よろこびも感じた。
そのカツフエは極ごく小さかつた。しかしパンの神の額がくの下には赭あかい鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。
書き換えたのがこちら
5. 我
彼は大学時代の同級生と一緒に料亭の個室でテーブルに向い合い、料理と酒をつまみながらずっと話し合っていた。同級生は余り話す質ではなかった。が、今日の彼はずっと彼に悩みを話し続けていた。
「なあ、力の無い理想主義者と力のある現実主義者とではどちらが勝つだろうか?」
「理想は大事だ。でもそれを実現できなければただの絵に描いた餅だよ。」
「そこだ」同級生は我が意を得たように笑みを浮かべ、膝を叩いた。
「でもやるしかないんだ。少々は汚いことに目を瞑って。No Choiceなんだよ。」
「そうNo Choice。 その言葉気に入った。」
大学時代は凛として彼の悩みを笑い飛ばしていた同級生が今、彼の前で出口のない問いの中にうずくまっている。彼は自分が悩まなくなったのはその同級生が持ち続けているような少年の感性を捨てたからなのかもしれないと思った。それは彼の頬に痛みをもたらした。そしてそれは忘れていた何かを目覚めさせた。
その料亭はは極々小さかった。そして彼は大学時代、その同級生が働いていた料亭に招かれ愉快な食事をした時に最後に出されたよく熟れた柿の感触と風味思い出していた。