2013年11月7日 書き換えによる習作2日目
芥川龍之介のオリジナル
一 時代
それは或本屋の二階だつた。二十歳の彼は書棚にかけた西洋風の梯子はしごに登り、新らしい本を探してゐた。モオパスサン、ボオドレエル、ストリントベリイ、イブセン、シヨウ、トルストイ、……
そのうちに日の暮は迫り出した。しかし彼は熱心に本の背文字を読みつづけた。そこに並んでゐるのは本といふよりも寧むしろ世紀末それ自身だつた。ニイチエ、ヴエルレエン、ゴンクウル兄弟、ダスタエフスキイ、ハウプトマン、フロオベエル、……
彼は薄暗がりと戦ひながら、彼等の名前を数へて行つた。が、本はおのづからもの憂い影の中に沈みはじめた。彼はとうとう根気も尽き、西洋風の梯子を下りようとした。すると傘のない電燈が一つ、丁度彼の頭の上に突然ぽかりと火をともした。彼は梯子の上に佇たたずんだまま、本の間に動いてゐる店員や客を見下みおろした。彼等は妙に小さかつた。のみならず如何にも見すぼらしかつた。
「人生は一行いちぎやうのボオドレエルにも若しかない。」
彼は暫しばらく梯子の上からかう云ふ彼等を見渡してゐた。……
書き換えたのがこちら
1. 時代
それは神田のある専門書店の六階だった。二十歳の彼は書棚にかけたはしごに登り、新しい本を探していた。村上春樹、村上龍、角田光代、石田衣良、谷川俊太郎、山川健一……
そのうちに閉店の音楽が流れだした。しかし彼は熱心に本のタイトルを読み続けた。
そこに並んでいるのは本というよりもむしろ思想それ自身だつた。柄谷行人、ウィトゲンシュタイン、アインシュタイン、ガロア、カントール、ニーチェ……
彼は気が遠くなるような錯覚と戦いながら、彼等の名前を数えて行つた。が、本は次から次へと新しい思想家の名前を繰り出すのだった。彼はとうとう根気も尽き、はしごを下りようとした。するとガロアとカントールの伝記の間からメモ用紙が突然ぽかりと姿を現した。彼ははしごの上に佇ずんだまま、そのメモ用紙を引き抜いてみた。そこには子供のような丸い字でこう書かれていた。そしてそこには二重のアンダーラインが引かれていた。
「モノゴトは突き詰めて行くとあるところで突然意味を失い、崩壊する」
彼はしばらく椅子の上から呆然と過去から現在へ連綿と知の結晶が引きつめられた売場を見渡していた。……
つづく