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2014年1月27日  「My Song」 第10回

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 「あなた、最近もまだ詩、書いてるの?」と彼女がきいた。

 「いや、もうほとんど書いてない」と僕は言った。

 「なんだか、愚痴を吐き出してるみたいで嫌になっちゃったんだ」

 「そう、私はそうは思わないけど」と彼女が言った。

 「自分のことを人に伝えることができるなんて素敵なことよ。そうじゃない?」

 「そりゃそうだけど、リアクションが全くないと欲求不満になるだけだよ」と僕は言った。

 「そういうものかしら、私にはよく解らないわ。私は他人に自分の描いた絵なんか恥ずかしくて絶対見せようとは思わないもの」

 「見たいな。美加さんが描いた絵。うまいんでしょ」

 「嫌よ、絶対いや」そう言うと彼女はプイと横を向いてしまった。

 「人に何かを伝えたくなった経験てない?」と僕は彼女の機嫌を損ねたのを後悔しながら言った。「僕なんかよく夜中に急にアイディアとかインスピレーションが湧いてきて、いろんな人に電話しまくっちゃったりするんだけどな」

 すると彼女は横を向いたまま寂しそうに言った。

 「私はただ自分がここに合わないってことだけを感じるの」そう言うと彼女はタバコをもみ消した。

 「それって、どんな風に?」

 「うまくは言えないけど、状況を間違えて生まれてきちゃったように感じるのよ。時代が違うのか、場所が違うのかとかということは解らないけど。でも普段は極力、考えないことにしてるの。大体、こんなこと人に話すの初めてよ」

 僕は正直、彼女に何と言ってあげたらいいのか解らなかった。確かに僕もある種の「違和感」を感じていた時期はあった。でも大学に入り、色々な人達と出会う中で僕は自分の感じている違和感を少し違ったものとして認識するようになった。問題は簡単だった。世の中には自分と「合う」人間もいれば全く「合わない」人間もたくさんいる。僕の場合、後者が前者に比べ多すぎただけの話だ。

 「きっと、どこかに君がぴったりとフィットする場所があると思うよ」と僕は精一杯の優しさを込めて言った。

 「そうだといいんだけど」と彼女は気のない返事をした。

 そんな話をしているうちにいつしか僕と彼女はお互いの意志の疎通が全くできない領域にまで達してしまった。物事を突き詰めていくと、あるところで突然、それは形を失い、壊れてしまう。その日の僕と彼女が全くそんな風だった。

 僕はテープが終わるとそれをひっくり返し、彼女はどこか遠くを見つめるような目つきをして物思いに沈んでいた。

 時計の針が11時を少し回ったところで僕は言った。

 「もう、遅くなったから今日はこれで帰るよ。夏休みが終わって東京に帰って来たらまた電話する。じゃあ、よい夏休みを」

 「ええ、あなたも」と彼女は言ったが目線は相変わらずそっぽを向いたままだった。

 そうやって僕は彼女に別れを告げ、静かにドアを開けて外に出た。階段を下ったところで振り返ると彼女がベランダごしに寄りかかって僕の方を見ていた。

 僕はびっくりしてしまったがすぐに「バイバイ」と手を振った。彼女は微笑んだ。それが僕が見た彼女の最後の微笑みだった。

 駅までの道を歩きながら空を見上げると満月だった。彼女もいつかあの「かぐや姫」のおとぎ話のようにどこか遠くの星へ行ってしまうのだろうか、と僕は漠然と考えた。そして、そう考えると胸がブルブルとわななくのにびっくりした。