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2014年1月8日  「My Song」 第6回

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 そこで僕らはありとあらゆるレコードを聴いた。レッド・ツェッペリンの「Coda」、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」、YMOの「サービス」、ボブ・ディランの「フリー・ホイーリン」、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」などなど。

 「一年前の私が信じられないわね。何しろゴダイゴとオフ・コースと中島みゆきしか聴いてなかったんだもの」と彼女が言った。

 「中島みゆきなら僕だって聴くよ。彼女の真っ直ぐな線ていう曲、知ってる?あれなんか完全にブルースだよ」

 「でも、今は私、キャロル・キングの方がいいわ」

 「それにしても、まあ随分と趣味が変わったもんだね」僕は半ば呆れながら言った。

 「それもこれもみんなあのレコード屋のせいよ」

 「でもマスターもよく君みたいな人を雇ったね」

 「そう思うでしょ。実はね、私も不思議に思ってたの」

 「きっと君は貸しレコード屋向きの顔をしてるんだよ」と僕が言った。

 「それってどういう意味よ」と彼女は真剣になって怒った。

 「私、本当はバスケットの選手になりたかったのよ。まあ、今は保母さん志望だけど」

 「へえ、僕なんて君が羨ましいよ。僕だったら迷わずレコード屋を取るね」

 それから僕らはポリスのレコードに合わせて踊ったりもした。「ウォーキング・オン・ザ・ムーン」で僕があまりにもおかしなステップを踏むので彼女は笑い転げた。

 「トーキング・ヘッズの真似ならこうだよ」と言って僕は頭を上下に痙攣させ、デビット・バーンの真似をした。

 「あなたって、本当に面白い人ね」と彼女は感心して言った。

 

 僕が高校二年だった秋、バンドは解散してしまった。リーダーであるギタリストの重田という男は真剣にプロになることを考えていて、僕らの腕に見切りをつけたというのが主な理由だ。美加さんの方はというと彼女は大学受験のため、夏に一足早くバンドを抜けていた。けれどもその後も僕はしばしば彼女に手紙を出したりしていた。気が向くと彼女は返事をくれた。ごくたまにではあるが会ってくれたりもした。