2013年11月26日 『リボルバーを胸にウォークマンを片手に』 第四回

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だが一体誰に。そして何のために。思い当たるのは一つだけだ。リボルバーを盗んだ犯人と勘違いされているのだ。

 だが、と正晴は思う。そんなことがある筈がない。だって、さっきリボルバーの犯人は30過ぎのタクシードライバーだって街角のテレビニュースでやっていたじゃないか。あれは嘘なのか。デマゴーグなのか。いや、そんなはずはない。だから俺が持っているのはおもちゃのリボルバーで2曲のリクエストは偶然だったのだ。そうだ、決まってる。

 

 急に寒気を覚えた正晴はちょうど目に入ったミスタードーナッツに駆け込む。

少し休もう。今日の俺はどうかしている。きっと疲れがたまってるんだろう。

 

 日本橋と神田の間にあるミスタードーナッツには客はまばらだった。正晴はホットコーヒーとドーナッツをトレイに乗せると奥の席に着く。隣に座っている『いさ子』に気付いたのは煙草に火をつけ、灰皿を取りに行こうとしたときだった。なんでこんなとこにいさ子がいるんだ。彼女は大阪の彼氏の所に行ってるんじゃなかったのか。正晴はもう一度おそるおそる隣のいさ子を見る。間違いない。いさ子だ。5年前に俺の前から永久に姿を消したいさ子だ。俺の大学の4年間はいさ子と共にあったと言っていいくらい彼女のことを一時も忘れたことがなかった。だが、俺の入院以来、いさ子は俺を避けるようになった。そして卒業と同時に姿を消した。最後のデートのとき、新しい電話番号も、どこの会社で働くのかも教えてくれなかった。「私のことは早く忘れてね。それがあなたのためなの。いずれ分かると思うけど。」そんな意味深な言葉を残して彼女は僕の前から消えた。本当に文字通り『消えた』。

 

 そのいさ子がいま、目の前にいる。彼女はまったく気付いてないみたいだ。ウォークマンに聴き入っている。俺は声を掛けようかどうか迷った。だけど気付いたときには僕はこう言っていた。「あのう、間違えてたらごめんなさい。ただ、あまりにもよく似てるんで。」

 彼女はやはりいさ子だった。いさ子はさして驚いた様子もみせず、「久し振りね」と話しかけて来た。どうしたんだ、と僕は思う。彼女の方から好意的に話しかけてくるなんて。分からない。今日は何かがおかしい。うまく行き過ぎる。きっとバランスを壊して最後には大どんでん返しが待っているに違いない。 俺はレボルバーに感謝しながらも一抹の不安を覚える。もし、本当は犯人がまだ捕まっていないとしたら。

 「どうしたの、相変わらずね、上の空なのは。」いさ子は笑う。天使みたいだ、と俺は思う。5年の歳月は彼女をすっかり大人の女へと変えていた。あの怯えていた目は自信に満ちたまなざしに変わり、俺をじっと見つめている。俺は捨て犬みたいにおどおどした目付きで女王様の機嫌を伺う。まるで立場が逆転だ。このリボルバーで木っ端みじんにしてやりたいと一瞬、思う。そして共に天国へ行くのだ。

 「天国と地獄よ」といさ子が言ったような気がする。「いさ子、今、何て言った。」俺の手は震えている。

 「卵とじが食べたいって言ったのよ。どうかした?なんか正晴、疲れてるみたいじゃない。どうしたのよ。」

 「そっちこそどうしたのさ。なんばの王子様とうまくいってたじゃないのかい?」いさ子はそんな僕の言葉を聞き流していう。

 「ねえ、こんなとこじゃ落ち着かないから、私の知っている店に行かない? カクテルもあるわよ。」

 俺たちはいさ子の馴染みのバーだと言う、雑居ビルの地下へ行った。

 「じゃ、私たちの再会に乾杯」今夜は何もかもいさ子がリードする。ついに幸運の女神が俺にも微笑んだと言うことだろうか。やっぱり一人でいて良かった。だが、一口、そのカルーア・ミルクを飲んだ俺は地獄に突き落とされた。ウインタミンの匂いを俺は見逃さなかった。そして俺はいさ子にそっと耳打ちした。「疲れてるんだ。どこかで休みたいな」俺は外に出るといさ子の肩を抱いた。彼女は拒絶しない。そうだろう、俺をホテルに連れ込み、眠らしたら警察へ電話するのだから。そしてご褒美をいただく。何てやつだ。

 ホテルの前で俺はいさ子の腹を思いっきり蹴り上げた。「てめー、そんな安っぽい芝居で俺をひっかけられると思ってんのかよ。悪いけどな、俺は誰かの手先になるような犬どもは大嫌いなんだよ。見損なったよ。」

 「ごめんなさい、でもあなたの持っているおもちゃのレボル・・・」そこまで言っていさ子は倒れた。