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2013年11月14日  書き換えによる習作8日目

或る阿呆の一生

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芥川龍之介のオリジナル

 

 八 火花

 

 彼は雨に濡れたまま、アスフアルトの上を踏んで行つた。雨は可也かなり烈しかつた。彼は水沫しぶきの満ちた中にゴム引の外套の匂を感じた。

 すると目の前の架空線が一本、紫いろの火花を発してゐた。彼は妙に感動した。彼の上着のポケツトは彼等の同人雑誌へ発表する彼の原稿を隠してゐた。彼は雨の中を歩きながら、もう一度後ろの架空線を見上げた。

 架空線は不相変あひかはらず鋭い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかつた。が、この紫色の火花だけは、――凄すさまじい空中の火花だけは命と取り換へてもつかまへたかつた。

 

 

書き換えたのがこちら

 

8 ネオンの光

 

 彼は雨に打たれながら住宅街の中を自転車で駆け抜けていた。

 雨は容赦無く彼に打ち付けた。彼は眼鏡の霞んだレンズから遠く彼方を伺った。

 するととあるバーのネオンサインが紫色の光を発しているのが見えた。彼はそれに引き寄せられるように自転車を停止した。彼のポケットには一年間書き溜めた長編小説のデータを収めたUSBメモリが入っていた。彼は雨に打たれ続けながらもう一度店のカウンターを覗きこんだ。

 店の中では若い男女が肩を寄せながら話し込んでいた。彼はこれからの人生を思ってみても特に欲しい物は無かった。が、この紫色のネオンに照らされたバーカウンターだけは、――妙に彼を落ち着いた気持ちにさせるバーカウンターにだけは命と換えても辿り着きたかった。