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2013年11月8日  書き換えによる習作3日目

或る阿呆の一生

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芥川龍之介のオリジナル

 

二  母

 

 狂人たちは皆同じやうに鼠色の着物を着せられてゐた。広い部屋はその為に一層憂欝に見えるらしかつた。彼等の一人はオルガンに向ひ、熱心に讃美歌を弾ひきつづけてゐた。同時に又彼等の一人は丁度部屋のまん中に立ち、踊ると云ふよりも跳はねまはつてゐた。

 彼は血色の善いい医者と一しよにかう云ふ光景を眺めてゐた。彼の母も十年前には少しも彼等と変らなかつた。少しも、――彼は実際彼等の臭気に彼の母の臭気を感じた。

「ぢや行かうか?」

 医者は彼の先に立ちながら、廊下伝ひに或部屋へ行つた。その部屋の隅にはアルコオルを満した、大きい硝子ガラスの壺の中に脳髄が幾つも漬つかつてゐた。彼は或脳髄の上にかすかに白いものを発見した。それは丁度卵の白味をちよつと滴たらしたのに近いものだつた。彼は医者と立ち話をしながら、もう一度彼の母を思ひ出した。

「この脳髄を持つてゐた男は××電燈会社の技師だつたがね。いつも自分を黒光りのする、大きいダイナモだと思つてゐたよ。」

 彼は医者の目を避ける為に硝子窓の外を眺めてゐた。そこには空あき罎びんの破片を植ゑた煉瓦塀れんぐわべいの外に何もなかつた。しかしそれは薄い苔こけをまだらにぼんやりと白しらませてゐた。

 

 

書き換えたのがこちら

 

2 家族

 

  第5病棟の病人達は皆、同じようにせわしなく食堂を動き回っていた。広い食堂はそのためまだ午前8時というのに異様な活気に満ちていた。 

 彼らの一人はラジカセに向かい、次から次へとCDをかけ続けていた。また彼らの一人は英和、独英、仏英辞典を抱えながらブツブツと川柳を唱えていた。

 彼は育ちの良さそうな精神科医と共にこういう風景を眺めていた。

 彼の兄も十年前には少しも彼等と変らなかつた。少しも、――彼は実際彼らの表情に彼の兄の表情を感じた。

「そろそろ行こうか?」

 精神科医は彼の先に立ち、廊下伝いに人工知能研究室と札のかかった部屋へ行った。その部屋の隅にはアルコールを満たした、大きい硝子の壺の中に脳みそが幾つも漬っていた。彼はある脳みその上に微かに白い電極のようなものを発見した。それはまるでどこかのもう一つの世界と通信するためのもののように見えた。彼は精神科医と立ち話をしながら、もう一度彼の家族を思い出した。

「この脳みそを持つていた男はあるメーカー研究所の研究員だったがね。研究を進めるうちに次第に自分が300年先の世界から送り込まれたスパイだという妄想に取り憑かれていたよ」

 彼は医者の話を聞きながら窓の外を眺めていた。そこでは病院の事務員がゴルフの練習をしていた。その事務員は打つたび、グリーンとホールを想定しているようだった。そして彼にはその事務員が設定したホールの位置が手に取るようにわかるのだった。

 

つづく